東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)183号 判決 1978年6月26日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 馬屋原成男
被告 日本弁護士連合会
右代表者会長 北尻得五郎
右訴訟代理人弁護士 根岸攻
満田繁和
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
「東京弁護士会が昭和五二年七月九日原告に対してした業務停止二年の懲戒処分につき原告が申し立てた行政不服審査法による審査請求について、被告が同年一〇月一一日付けでした裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二当事者双方の主張
一 請求の原因
1 本件裁決に至るまでの経過
原告は、東京弁護士会所属の弁護士であるが、昭和五二年七月九日同弁護士会から二年の業務停止に処する旨の懲戒処分の告知を受けたので、同年一一日被告に対し右懲戒処分(以下「原処分」という)について行政不服審査法による審査請求をしたところ、被告は、被告の懲戒委員会の議決に基づき、同年一〇月一一日付け裁決書をもって原告の審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、右裁決書の謄本は同年一〇月二五日原告に送達された。
2 原処分及び本件裁決の内容等
原処分が認定した懲戒事由に該当する事実の要旨は別紙記載のとおりであり、本件裁決の理由の要旨は、原処分の判断は相当であって、これを変更すべき理由は認められないというにある。
3 本件裁決の取消理由(その一)
原告が原処分の認定するとおり、昭和四八年一二月八日に所属弁護士会から受けた業務停止一年八月の懲戒処分(以下「別件懲戒処分」という。)に基づく業務停止期間中に刑事弁護人として弁護士業務を行った事実は争わないが、原告の右規律違反行為に対する懲戒として二年の業務停止処分を選択した原処分の量定並びにこれを相当として維持した本件裁決の判断は、次に掲げる諸事情を考慮すれば著しく苛酷に失し、懲戒権の範囲を逸脱し又は懲戒権を濫用した違法があるものというべきである。
(一) 原告が業務停止期間中に乙山二郎らの刑事弁護を引受け、同人らのため弁護活動をしたことについては、真にやむを得ない事情があった。すなわち、乙山二郎は、昭和四六年ごろ覚せい剤取締法違反被告事件の被告人として千葉地方裁判所佐原支部に起訴された際原告に刑事弁護を依頼し、原告の弁護活動により執行猶予の言渡しを受けることができたところから、その後原告を深く信頼していたものであるところ、昭和四九年一二月初めごろ覚せい剤取締法違反の嫌疑により逮捕され、丸の内警察署に留置されたため、同月四日ごろ同警察署保安主任を介して原告に対し、右被疑事件について弁護を依頼したい旨の申入れをした。当時原告は別件懲戒処分に基づく業務停止期間中であり、一切の受任事件を辞任して謹慎していたため、乙山から前記弁護依頼の申入れを受けた際これを一応拒絶したが、同人は右留置中暴れるうえに自殺しかねない様子であったので、主として同人の鎮静を図り自殺を防止するための緊急の必要上、原告はやむなく同人及びその共犯者丙川三郎の弁護を引受けるに至ったものである。その後第一回公判期日が指定されたころには乙山の自殺騒ぎも一応おさまったので、原告は公判期日の延期申請をし、その間に事件を友人の丁田四郎弁護士に引継いで自らは弁護人を辞任する予定であったが、同弁護士が突然発病入院し、間もなく死亡したため当初の目的を達することが不可能となり、事件を他の弁護士に引継ぐことは弁護費用の支払能力に制約がある関係上困難であったため、原告はやむなく乙山らのため無報酬で弁護活動を続行せざるを得なかったものである。
(二) 当時、別件懲戒処分については原告から被告に対し審査請求がされており、右懲戒処分は確定していなかったところ、原告は、業務停止処分が未確定の間は弁護士業務を行っても差し支えないものと考えていた。したがって、原告は決して所属弁護士会の懲戒処分を軽視したり、故意に処分違反を犯したものではない。
(三) しかも、別件懲戒処分に基づく業務停止期間中に原告がした規律違反行為は前述の乙山二郎らのための刑事弁護活動のみである上、右弁護活動については、訴訟関係者が異議を述べず、すでに相当の日時が経過しているので、訴訟手続上の瑕疵は治癒されており、実害は全く生じていない。
(四) 原処分の量定した二年の業務停止期間は、業務停止処分としては最も重いものであるばかりでなく、別件懲戒処分と併せると、業務停止期間は前後三年八月の長期にわたるものとなり、当年七六才の老令で病弱の身である原告にとっては、その人権及び生活権を剥奪されるにひどしい。
4 本件裁決の取消理由(その二)
原告は現在東京弁護士会に対し毎月八、二〇〇円の会費及び毎月三〇〇円の臨時会費の納付義務を、被告に対し毎月五、〇〇〇円の会費の納付義務を負っているが、懲戒処分により業務停止に付する場合には、同時に業務停止期間中の会費の納付義務を免除する旨の言渡しをすべきである。けだし、弁護士が所属弁護士会及び日本弁護士連合会に対して納付する会費は、公共機関に対し納付する点において公課たる性格を有するものであるところ、一方において業務停止を命じながら、他方において公課としての会費を徴収するのは明らかに憲法二九条に違反するからである。したがって、原告に対し二年間の業務停止を命じながら会費納付義務の免除の言渡しをしなかった原処分及びこれを相当として維持した本件裁決は憲法の右条規に違反するものであって、この点からしても本件裁決は取り消されるべきである。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1(本件裁決に至るまでの経過)及び2(原処分及び本件裁決の内容等)の事実は認める。
2 請求原因3(本件裁決の取消理由(その一))冒頭の主張について
原告は、原処分の認定するとおり、別件懲戒処分に基づく業務停止期間中に刑事弁護人として弁護士業務を行ったものである。右所為に対する懲戒として二年の業務停止処分を選択した原処分の量定並びにこれを相当として維持した本件裁決の判断が、懲戒権の範囲を逸脱し又は懲戒権を濫用したもので違法であるとの原告の主張は争う。原告のした刑事弁護人としての活動は、業務停止中の行為であり、右の行為が許されないものであることは原告自身も熟知していたものである。しかも、別件懲戒処分が業務停止の中でも比較的重い一年八月という処分であったことを考えるとき、この処分の効力に敢えて違反した原告の行為は、弁護士自治のうえからも決して容認できるものではない。原告に対し業務停止二年の処分を選択した原処分の量定は、原告に有利な種々の状況に照らしても厳罰に過ぎることはなく、相当であり、原処分を維持して審査請求を棄却した本件裁決に原告主張の違法は存しない。
3(一) 請求原因3・(一)の事実中、原告が乙山二郎らの刑事弁護を引受け、同人らのために弁護活動をするに至った具体的事情は不知、それが真にやむを得ない事情に該当することは否認する。
(二) 同3・(二)の事実中、当時別件懲戒処分については審査請求がされていたため右処分が確定していなかったことは認めるが、その余は否認する。
(三) 同3・(三)の主張は争う。
(四) 同3・(四)の主張も争う。
4 請求原因4のうち、原告が東京弁護士会に対し毎月合計八、五〇〇円の会費及び臨時会費の納付義務を、被告に対し毎月五、〇〇〇円の会費の納付義務を負っている事実は認めるが、業務停止中に会費を徴収することが憲法違反であるとの主張は否認する。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因1(本件裁決に至るまでの経過)及び同2(原処分及び本件裁決の内容等)の事実は当事者間に争いがない。そして、原処分が原告に対する懲戒の理由として認定した事実の要旨は、「原告は、昭和四八年一二月八日、所属の東京弁護士会から一年八月(昭和五〇年八月七日まで)の業務停止の懲戒処分を受け、同年一二月一〇日日本弁護士連合会に対し右懲戒処分について審査請求をし、更に同月一二日同連合会に対し右懲戒処分の執行停止の申立てをしたが、同月二六日右執行停止の申立ては却下され、その後昭和五〇年七月二二日に右審査請求を取下げたため、前記懲戒処分は確定したものであるところ、原告は、以上のとおり業務停止処分を受けていたにもかかわらず、(1) 昭和四九年一二月一八日、覚せい剤取締法違反の被疑者乙山二郎、同丙川三郎のため東京地方検察庁に弁護人選任届を提出し、右両名の弁護人として昭和五〇年四月一〇日、同年五月七日及び同年五月二八日にそれぞれ東京地方裁判所の法廷に出頭して弁護活動をし、(2) また、その間昭和四九年一二月二五日及び昭和五〇年一月三〇日に右乙山、丙川の両名について、同年五月一九日右乙山について各々保釈申請をし、(3) 更に、右乙山が有罪の第一審判決の宣告を受けた後である同年六月一〇日、東京地方裁判所に同人の控訴審弁護人として弁護人選任届及び同人のための控訴申立書を提出した。」というにあるところ、原告が右のとおり所属弁護士会の別件懲戒処分に基づく業務停止期間中に刑事弁護人として弁護士業務を行った事実は当事者間に争いのないところであり、原告の上記所為は、所属弁護士会の秩序を害するものであって、弁護士法五六条一項所定の懲戒事由に該当することは明らかである。
二 原告は、原告に対する懲戒として二年の業務停止処分を選択した原処分の量定並びにこれを相当として維持した本件裁決の判断は、著しく苛酷に失し、懲戒権の範囲を逸脱し又は懲戒権を濫用したもので違法である、という。
弁護士法は、弁護士の使命及び職務の特殊性にかんがみ、弁護士会及び日本弁護士連合会に対し、弁護士の品位を保持し弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士の指導、連絡及び監督に関し公の権能を付与するとともに、その自主・自律性を尊重し、その一環として、会員である弁護士が同法又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があった場合には、弁護士会又は日本弁護士連合会が、自主的に、これに対する懲戒を行うことができるものとしている。そして、弁護士に対する懲戒は、戒告、二年以内の業務の停止、退会命令及び除名の四種とされているが、弁護士法は、懲戒は懲戒委員会の議決に基づいて行わなければならない旨規定するのみで、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒するかどうか、懲戒処分のうちいかなる処分を選択すべきかを決するについては、具体的な基準を設けていない。
以上からすれば、懲戒事由がある場合の懲戒権発動の可否及び具体的な処分の量定に関する判断は、弁護士の綱紀保持の観点から懲戒事由に該当する行為の性質、態様のほか、右行為がなされるに至った実情その他緒般の事情を総合してなされるものであり、それは、当該弁護士の指導及び監督の衝に当たる所属弁護士会又は日本弁護士連合会の裁量に任されているものと解すべきであるから、懲戒権者の右の裁量権に基づく懲戒処分は、それが当該行為との対比において甚しく均衡を失する等社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限り違法となるものである。
本件について見ると、原告の行為は、所属弁護士会から一年八月の業務停止の懲戒処分に付されながら、右業務停止期間中に刑事弁護人として弁護士の業務を行ったというものである。業務停止の懲戒処分は、一定期間弁護士の業務に従事してはならない旨を命ずるものであって、この懲戒の告知を受けた弁護士は、その告知によって直ちに当該期間中弁護士としての一切の職務行為を行うことができないこととなるにもかかわらず、原告は、この処分に違反して弁護士業務を行ったものであり、所属弁護士会の統制に服さず、これによって弁護士会の秩序を乱した責任は、決して軽くない。
この点につき原告は、業務停止処分について審査請求をしている間は弁護士業務を行っても差し支えないものと考えていたので、原告には処分に違反する故意はなかった旨主張し、原告本人尋問の結果及び成立に争いのない乙第九号証中の原告の供述記載のうちには右主張に添うかのような部分も存するが、右部分は次に掲げる証拠と対比すれば信用し難く、かえって、《証拠省略》を総合すると、原告は東京弁護士会のした前記一年八月の業務停止の懲戒処分につき被告に対し審査請求をするとともに右処分の執行停止の申立てをしたが、昭和四八年一二月二六日右申立てが却下され、弁護士の業務を行い得る望みが絶えたため、審査請求を維持する実益に乏しいとして右審査請求をその後取り下げるに至った事実が認められるのであって、この事実に徴すると、原告は、右懲戒処分の告知を受けた時から弁護士業務に従事することができなくなったことを右審査請求をした当時十分に知っていたものと認めざるを得ない。もっとも、弁護士に対する懲戒処分の効力の発生時期については、従来、処分確定時とする説、処分告知時とする説、戒告及び業務停止については告知時、退会命令及び除名については確定時とする折衷説等の諸説があり、成立に争いのない甲第一号証によれば、処分確定時説が被告の公的見解とされていた時期もあったことが認められるが、最高裁判所昭和四二年九月二七日大法廷判決が告知時説を採ることを明確にして以来、この判決の趣旨に従い実務の運用がなされていることは当裁判所に顕著な事実であるから、甲第一号証によっては前段認定を覆えすに足りず、他に前段認定を左右すべき証拠はないので、原告の前記主張は採用することができない。
以上に認定説示した原告の本件行為の性質、態様等を考慮すれば、原告本人尋問の結果によって認められる原告が乙山二郎らのため刑事弁護活動をするに至った事情、成立に争いのない甲第四号証に現れている刑事弁護人に対する懲戒事例その他原告主張の原告に有利な諸事情中首肯し得るものを悉くしんしゃくしても、原告に対し二年の業務停止を選択した原処分が社会通念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任された裁量権の範囲を超え、又は裁量権の濫用にわたるものということはできず、したがって、原処分を相当として維持し、これについての審査請求を棄却した本件裁決には、原告主張の瑕疵はないものというべきである。
三 次に原告は、業務停止を命じながら右停止期間中における所属弁護士会及び被告に対する原告の会費納付義務について免除の言渡しをしなかった原処分及びこれを相当として維持した本件裁決は憲法二九条に違反する旨主張する。
しかし、原告が所属弁護士会及び被告に対して負う会費納付義務は、弁護士法三三条、四六条によって定められた所属弁護士会及び被告の各会則並びに原告が東京弁護士会所属の弁護士として弁護士名簿に登録を受けているという事実に基づいて発生するものであって、業務停止期間中原告が会費の納付義務を負うかどうかは、所属弁護士会及び被告の各会則の解釈によって定まる事柄であり、右は業務停止処分の結果生ずる別個の問題である。
したがって、右懲戒処分を行う際に、処分の内容をなすものとして又は附随的処分として会費納付義務の免除を言い渡さなければならない理由はない。
そうだとすれば、業務停止期間中会費を徴収することが憲法違反であるかどうかを判断するまでもなく、原処分及び本件裁決が原告に対し業務停止期間中の会費納付義務を免除する旨の言渡しをしなかったことに違憲又は違法のかどはない。
四 以上のとおりであって、本件裁決にはこれを取り消すべき事由が認められないから、その取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきものである。
よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 外山四郎 判事 近藤浩武 鬼頭季郎)
<以下省略>